〔主な使用地域〕フィンランドの公用語の1つ。フィンランドの総人口の 94 %弱,約 464 万人が母語とするほか,話者は,スウェーデン (約30万人),ロシア (約2万人) などにも住んでいる。
フィンランド語は,ラテン文字を使いますが,ふつう用いられるのは,英語のアルファベットから b c f q w x z の7文字を除いて,ä と ö を加えた 21 文字です。
綴りは,音素と文字がほぼ1対1に対応し,「書いてある通りに読み,発音の通りに書く」 という原則がほぼそのまま適用できます。
母音は a e i o u に ä (英語の [æ] に近い),ö (エを円唇で発音),y (イを円唇で発音) を加えた8母音。子音に関しては,p と k に対応する有声子音 (b, g) が固有語には現れないという特徴があります。母音,子音とも長短の区別があって,長い母音・子音は同じ母音字または子音字を2つ書いて表します (sata 「100」 - sataa 「雨が降る」 - saata 「付き添いなさい」 - saattaa 「付き添う」)。
母音調和と呼ばれる現象があって,8つの母音が前母音 (ä, ö, y),後母音 (a, o, u),中立母音 (i, e) の3つのグループに分かれ,同じ語の内部には,前母音か後母音のどちらか一方のグループに属する母音しか一緒に現れることができません (例: pöytä 「机」 - pouta 「晴天」,syödä 「食べる」 - suoda 「許す」)。ただし,中立母音だけは前母音とも後母音とも一緒に現れることができます (例: tietä 「道<分格>」 - tieto 「知識」)。
よく,フィンランド人はアジア系で,フィンランド語もアジア系の言語だと言われます。この説,フィンランド人と仲良くしたい日本人には都合がいいのですが,残念ながら,俗説と見なしたほうが無難です。
この説の背景には,フィンランド語やハンガリー語が属するウラル語族と,トルコ語,モンゴル語,ツングース語などが属するアルタイ諸語とが共通の起源にさかのぼるとする学説,いわゆる 「ウラル・アルタイ仮説」 があるようです。19 世紀の中ごろから唱えられはじめたこの説は,ヨーロッパの列強に対抗しなければならなかった日本人にとっては,イデオロギー的にたいへん魅力的な学説でしたが,今では過去の学説と考えられています。それに,フィンランドに行けばすぐに気づくことですが,人類学的に見ても,フィンランド人は典型的な白人です。
ウラル諸語の一部は,ウラル山脈の東側でも話されているから,ウラル語族はアジア系といってよく,したがってフィンランド語もアジア系だとする反論も考えられないこともありません。しかし,この理屈を認めると,ヨーロッパの主要な言語は,ことごとくアジア系となり,フィンランド人に特別の親しみを感じる理由はないことになります。
フィンランド語の本として最古のものは,1543 年の 『ABCの本』 (Abckirja, 著者 Mikael Agricola) ですから,フィンランド語は,書きことばとして比較的歴史の浅い言語です。フィンランド語の最初の本格的な文学作品と言えるものは,1835年の叙事詩 『カレワラ』 (Kalevala, 編者 Elias Lönnrot) ですが,『カレワラ』 以後のフィンランド語文語を 「現代フィンランド語」 と呼びます。
フィンランドでは,フィンランド語のほかにスウェーデン語も公用語になっています。スウェーデン語を母語とするのは,フィンランドの人口のおよそ6%,約 30万人です。
フィンランドには,外国語に対する 「内国語」 という概念があり,2つの公用語とサーミ語 (ラップ語) の3つが内国語と認定されています。日本の国立国語研究所にあたる機関は,「内国諸語研究センター」 と呼ばれています。
公用語はまた,自治体ごとにも違っています。たとえば,首都のヘルシンキの公用語はフィンランド語とスウェーデン語で,通りの名前はすべて2つの言語で書かれています。内陸部の自治体のほとんどは,フィンランド語のみを公用語としていますが,オーランド島 (フィンランドとスウェーデンの間に浮かぶ島) では,スウェーデン語だけを公用語としています。
フィンランド語の言語学的な概説を,手っとり早く日本語で読みたい方は,『言語学大辞典』 第1巻 (三省堂,1992)の 「フィンランド語」 (松村) を,また,フィンランド語の辞書に興味がある方は,『世界の辞書』 (研究社, 1992) の 「フィンランド語の辞書」 (松村) をご覧ください。
初級者向けのフィンランド語の入門書には,拙著 『エクスプレス・フィンランド語』 (白水社, 1986) や 『基礎フィンランド語文法』 (荻島崇著, 大学書林, 1992) などがあります。どちらも付属のカセットテープが別売されています。
フィンランドと言うと,「東郷ビール」 を連想する年輩の人が多いようですが,私は,なぜかフィンランドで 「東郷ビール」 に出会った記憶がありません。もっとも,厳密に言うと,「東郷ビール」 というビールがあるわけではないのです。世界各国の軍人の肖像がラベルに印刷されている 「アミラーリ」 (Amiraali 「海軍大将」) というビールがあって,その中に 「東郷元帥」 のラベルがあるというだけです。「東郷ビール」 がフィンランド国内でほとんど出回っていないのは,日本の輸入業者が買い占めているためではないかと,私は密かに疑っています。
他にも,Lapinkulta 「ラップランドの金」 とか Koff (会社の創立者の苗字の Sinebrychoff の約まったもの) とか,結構いろいろなビールの銘柄がありますので,お試しください。
ビールといえば,サウナのあとに飲むビールのうまさは格別です。
自宅にサウナのある恵まれた人もいますが,庶民は,週1回アパートの棟ごとにある共同のサウナの順番が回ってくるのを何よりの楽しみにしています。もちろん学生寮もサウナ付きです。
サウナには,家族や親しい友人と家族風呂の感覚で入ることができます。風呂好きな日本人は,ほとんど抵抗なしに,サウナ好きになる場合が多いようです。一方,フィンランド人の中にも,サウナが嫌いで,みんなに 「変わっている」 と思われている人がまれにいます。
フィンランド人にとってのサウナは,日本人にとってのお風呂と同じで,ごく日常的な習慣ですから,やれ美容だ,やれストレス解消だなどとうるさく言うと,かえって,野暮ったく聞こえます。ただし,サウナで汗をかいたあとの喉の乾きは,ビールで癒すことになっていますから,私のようなビール飲みは,減量効果を期待できないのも事実です。
フィンランドの政治は,閣僚たちがサウナで戦わせる議論で決まると言われ,フィンランドに女性の大統領が生まれないのはサウナのせいだ,という説があります。
Hei, Liisa! — Päivää, Mikko! やあ,リーサ。― こんにちは,ミッコ。
Huomenta! おはよう。
Iltaa! こんばんは。
Hyvää yötä! おやすみ。
Kiitos! — Ei kestä. ありがとう。― どういたしました。
Ole hyvä. — Kiitos! さどうぞ。― ありがとう。
Hei hei! じゃあまた。
Näkemiin! さようなら。
Ruotsalaisia emme enää ole, venäläisiksi emme voi tulla; meidän täytyy olla suomalaisia.
「我々はもうスウェーデン人ではないが,(さりとて)ロシア人にはなれない。我々はフィンランド人でなければならないのだ。」
政治的にも,文化的にも,スウェーデンとロシアの狭間の地域にすぎなかったフィンランドが1917年12月に独立国家として誕生するまでの歴史が,哲学者スネルマン (J.V. Snellman,1806-1881) の言ったとされるこの有名な文句に凝縮されていると言えます。
ここでいう 「フィンランド人」 は,もちろん,フィンランド語系,スウェーデン語系の両方を含む概念です。スネルマンをはじめ,フィンランドのナショナリズムの初期の担い手の多くはスウェーデン語系の知識人でした。「単一民族・単一言語」 を当然と考えている国の住民には,なかなか理解しにくい歴史的事情がここに隠されています。スネルマンはもちろんのこと, 有名なシベリウスもフィンランド語がちゃんとできなかったと言われています。
スネルマンの銅像は,フィンランド銀行の前にあります。