スウェーデン語系フィンランド人


フィンランドのスウェーデン語

フィンランドは,フィンランド語とスウェーデン語の2つを国語とする国である。フィンランド語は多数派の言語で,スウェーデン語を話すのは今日少数派である。フィンランドのスウェーデン語は,EU加盟国の多数派の言語が,その隣国のEU加盟国では少数言語となっているという点で,アルザスのドイツ語やドイツのデンマーク語とよくにた状況におかれている。

フィンランドのスウェーデン語系住民のほとんどは,紀元1000年から1250年ころ,フィンランド西部と南部の海岸地方・島嶼部に住み着いた農民・漁民たちの末裔である。1809年,それまでスウェーデン領だったフィンランドは,自治大公国としてロシア帝国の領土に組み込まれた。1917年,ロシア帝国崩壊直後の混乱の中で,フィンランドは独立を宣言した。

650年間にわたりスウェーデンに帰属していたフィンランドでは,19世紀にはいっても,スウェーデン語が行政の言語として使われていた。フィンランド語がフィンランドの公用語として認められたのは1863年のことである。一時期ロシア語が用いられたこともあり,フィンランドは行政的に多言語併用だった。しかい,独立後まもなく,支配的な言語になるのはフィンランド語である。

スウェーデン支配下では,スウェーデン語話者に移行したフィンランド語系のフィンランド人もいたが,その多くは19世紀の後期になると再びフィンランド語話者に戻った。その結果,フィンランド語系とスウェーデン語系に分かれて今日に至っている一族もある。現在,スウェーデン語系のフィンランド人は,総人口500万人の 5.6% (29万人) を占める。スウェーデン語系は,人数では少数派だが,法律的には少数派でははない。

言語に関する法制度

フィンランド憲法は,フィンランド語とスウェーデン語を共和国の国語と規定している。2つの言語は同等の資格を与えられているが,これは,道義的,政治的な原則で,どんな場面でも,この法律に文字通り沿った運用が行われるというわけではない。憲法はまた,2つの言語集団の文化的・社会的要求を,国が同等の条件に基づいて充たさなければならないと定めている。この条項こそ,すべての国民が同等のサービスを受けられる基礎となっている。

憲法に述べられている諸原則は,1922年に制定された言語法をはじめとする様々な法律にも組み込まれている。このほど言語法の改正のための委員会が国会で任命された。国会は,2002年の秋に,委員会による改正案を審議し,新しい言語法は2004年から施行されることになっている。

行政や司法における言語の使用は,行政区域の言語状況によって決められる。自治体には,単言語使用の自治体と二言語併用の自治体がある。自治体のすべての成員が同じ言語を母語とする場合,または,言語的少数者の割合が自治体の人口の8%を超えない場合,その自治体は単言語使用とされる。ただし,言語的少数者が3000人を超える自治体は,言語的少数者の割合に関係なく,二言語使用と見なされる。

スウェーデン語系フィンランド人のおかれた状況は,法律的に見ると申し分ないものの,これが実行に移されると,様々な問題が生じる。第二次大戦後の社会の都市化と工業化により,伝統的にスウェーデン語地域だった自治体,とりわけ首都圏にフィンランド語系フィンランド人が大量に流入したことがまずある。もう一つの要因は,1950年代から1980年頃にかけて,スウェーデン語系フィンランド人が,スウェーデンに移住したことである。1980年代のはじめ,スウェーデン語系住民の多い地区のためのスウェーデン語のテレビ放送がないことに関して,大論争が行われたが,今日では状況は改善されている。1988年,フィンランドとスウェーデンの国営放送の間で協定が交わされ,スウェーデンのテレビ番組がフィンランドで視聴できるようになった。

スウェーデン語系フィンランド人の多くは,フィンランド語が優勢な二言語併用の自治体に住んでいる。スウェーデン語単用の自治体は,オストロボスニア(ポヒヤンマー)や,南西フィンランドのトゥルク周辺にある。オーランドは,すべての自治体はスウェーデン語単用であり,フィンランド語とスウェーデン語の使用方法に関する法律の適用の例外が認められた地域となっている。

オーランド諸島の自治

1921年以来,オーランド諸島は,フィンランド共和国内の自治州である。オーランド諸島には,独自の法律を施行し,独自の州行政により,中央政府のかわりにサービス行うことのできる権利が与えられている。そのうちでもっとも重要なものは,教育と文化,公共医療,地方自治,郵便,放送,商工業に関するサービスである。

オーランド諸島の自治権は,フィンランド憲法で規定されている。オーランドの地位,および,中央政府とオーランド州との間の職務と責任の分担を定めているオーランド自治法の改正には,フィンランド国会と,オーランドの最高議決機関であるオーランド州議会の両方で,その成員の過半数の賛成が必要とされる。国際連盟の1921年の決定において,最重要事項は,オーランド州におけるスウェーデン語の地位の保全であった。スウェーデン語は,オーランドのすべての行政機関の言語であり,また,オーランドの学校教育の言語となっている。

言語環境

他の多言語・多文化国家と比べると,フィンランドの言語環境はきわめて良好である。第二次大戦後の言語不和は,おおむね,新聞紙上と政治家同士の間でおこったものにすぎない。日常生活における言語の境界の行き来は頻繁で,スウェーデン語系フィンランド人が母語を話すことで不利益を受けることは,事実上まずないといえる。

フィンランドのスウェーデン語系少数者と,他の国の言語的少数者との違いは,スウェーデン語系フィンランド人が母語をよく知っていて,様々な場面で上手に使えることである。二言語使用が広範囲に広がっているが,フィンランドで話されるのは正真正銘のスウェーデン語である。スウェーデン語系フィンランド人のおよそ3分の1は,スウェーデン語単用者で,残りは,フィンランド語の高い運用能力をもち,程度の違いはあれ,日常生活や職場でフィンランド語を話している。

スウェーデン語系フィンランド人にとっての二言語併用の必要性の度合いが居住地域により異なるため,二言語併用に対する考え方にも,地域による違いが顕著である。南フィンランドの人口密集地域では,就労年代の人々は二言語併用が必須であり,実際,フィンランド語の運用能力も高くなる。異なった言語グループに属する者の結婚も,南フィンランドではめずらしくない。これに対し,オーランドやオストロボスニアでは,状況が違ってくる。これらの地域では,家庭でも,職場でも,スウェーデン語だけですごすことができる。二言語併用生活者にとって,二言語併用は必要であり,プラスの側面を持つことがらである。二言語併用生活をしていない人は,二言語併用を,スウェーデン語系少数者に不利益をもたらす問題としてとらえる。社会言語学者たちは,どちらの考え方もそれぞれ根拠があって,間違っているとはいえないとしている。

教育

スウェーデン語話者や二言語併用者の多くにとって,子どもをスウェーデン語の幼稚園に入れるのが普通の選択である。スウェーデン語学校が,スウェーデン語とスウェーデン語文化の基礎である。中央政府の教育関係の官庁には,フィンランド語と並んで,スウェーデン語の教育を担当する部署がある。教育こそ,スウェーデン語の話者のネットワークを形作り,統合する重要な要素である。7歳から15歳までの子どものためのスウェーデン語統合学校は,全国に300校ある。このほか,中等学校,職業学校,成人教育施設の中にも,スウェーデン語で教えている学校がある。

大学教育も,スウェーデン語とフィンランド語の両方で行われている。スウェーデン語で学位が取得できるのは,トゥルク,ヴァーサ,ヤーコブスタド(ピエタルサーリ)に校舎のあるオーブ・アカデミー,ヘルシンキのスウェーデン語経済・経営学校,ヘルシンキ大学の社会事業・地域経営学部である。

ヘルシンキ大学,ヘルシンキ工科大学,フィンランド演劇アカデミーでは,フィンランド語とスウェーデン語のいずれでも学ぶことができる。フィンランドのスウェーデン語系地域には,新しいタイプの職業訓練系の高等教育がスウェーデン語で行われている。

政党

フィンランド語系の住民は,自分たちの経済的,社会的,文化的利益を守るために,政治的な組織を持っている。フィンランド国会は200人の議員から構成されるが,スウェーデン語系の議員は16人 (1999) である。スウェーデン国民党は,スウェーデン語単用の中道保守系自由主義政党である。もっとも最近の総選挙で,スウェーデン国民党は11議席を獲得した。オーランド州党は1議席を確保している。二言語併用政党では,フィンランド社会民主党,左翼同盟,フィンランドキリスト教民主党,緑の同盟に,それぞれ1名ずつ,スウェーデン語系の議員が所属する。独立後のフィンランドでは,ほとんどすべての内閣に,スウェーデン語系の大臣が含まれている。1999年に成立した現内閣には,2人の大臣がスウェーデン国民党から出ている。

教会

フィンランドの福音ルーテル派教会には,非常に古くから二言語併用の伝統がある。宗教改革以来,説教は住民の言語であるフィンランド語とスウェーデン語で行われている。スウェーデン語単用教会区と二言語併用教会区のすべてが1つの教区によって統括されている。二言語併用教会区では,すべての教会区民が自分の母語で,教会の礼拝に参加できる。福音ルーテル派内では,信仰復興運動が起こり,スウェーデン語系の教会離脱者がいる。二番目に大きい国教会であるギリシア正教会にも,フィンランド語,スウェーデン語両方の教会区がある。

新聞,放送

フィンランドのスウェーデン語系少数派ほどたくさんの日刊新聞を出している言語的少数派は,おそらく,世界のどこにもいないだろう。スウェーデン語の日刊紙は,15紙ほどある。最大のスウェーデン語日刊紙 Hufvudstadsbladet「首都新聞」は,ほとんどのスウェーデン語系住民の家庭で読まれている。2番目に大きい新聞は,オストロボスニアで出ている Vasabladet「ヴァーサ新聞」である。このほかに,地方紙や政党機関誌がある。スウェーデン語雑誌は,150誌ほど出版されている。

フィンランド放送会社は,Radio Vega と Radio Extrem という名前の2つのスウェーデン語のラジオ放送を行っている。前者は全国向けや地域向けの番組,後者は若年層向けの番組を専門とする。スウェーデン・テレビ,あるいは,その番組のダイジェスト版は,フィンランドのスウェーデン語地域の大部分で視聴できる。フィンランド・スウェーデン語放送 (FST) の番組は,フィンランドのテレビ放送の放送時間のおよそ1割を占める。このほか,地域のケーブルTV会社もスウェーデン語番組を製作している。2001年8月以来,FSTは,スウェーデン語デジタル・チャンネルを運用している。

フィンランドのフィンランド語系の住民のネットワーク

スウェーデン語話者たちは,海岸地域を中心に分散して住んでいる。地理的な散らばりを埋め合わせるように,スウェーデン語系住民の団体や組織がたくさんある。フィンランドのスウェーデン語の文字文化は,スウェーデン語系の人々の文化生活にとってだけでなく,国全体にとっても重要な役割を果たしている。

スウェーデン語系の人々は,フィンランド語系の多数派との文化的交流を重要視してきた。国の至るところで,スウェーデン語系住民の芸術的・文化的遺産の保全のための活動を行っている団体がある。とくに多いのは,合唱団や文化組織である。スウェーデン語の常設劇場は,ヘルシンキに3つ,エスポーに1つ,トゥルクとヴァーサにそれぞれ1つずつある。全国各地のアマチュア演劇グループの活躍や,また,夏に屋外で上演される,いわゆる夏季劇場は,演劇に対する関心の高さを物語る。

スウェーデン語系フィンランド人は,スウェーデン語で行われる研究,教育,催しなどを助成する財団や基金から,貴重な財政援助を受けている。

スウェーデン語系フィンランド人協議会(Svenska Finlands folkting

スウェーデン語系フィンランド人協議会 (通称 Folktinget) は,スウェーデン語系住民を代表する準公式団体である。協議会が誕生したのは,フィンランドの独立間もない時期である。4年ごとに行われる協議会のメンバーの選挙の候補者は,二言語併用またはスウェーデン語単用の政党から指名される。定員75名のうち,70名は,各自治体から,総選挙の際のスウェーデン語系候補者の得票数に基づいて選ばれる。残りの5名は,オーランド州議会によって指名される。16人で構成される運営委員会が,8名からなる役員会を選出する。

協議会の主要な役割は2つある。1つは,各会派に属するスウェーデン語系住民のかかえる政治問題についての議論の場としての役割である。もう1つは,スウェーデン語系住民の正当な利益の観点にたち,重要な案件において,圧力団体として機能することである。協議会はまた,人口問題などの調査研究を行い,スウェーデン語系フィンランド人のおかれた状況に関して,とりわけフィンランド語系住民に向けて,情報発信も行っている。

フィンランドのスウェーデン語人口 (2001年12月31日現在)

自治体単位で見たフィンランドの言語状況 (2001年12月31日現在)

言語使用タイプ自治体数人口スウェーデン語話者割合(%)
全国4485,194,901290,7715,6
スウェーデン語単用2143,74140,73593,1
スウェーデン語優勢22153,881105,01968,2
フィンランド語優勢201,385,292132,2509,5
フィンランド語単用3853,611,98712,7670,4

(松村一登訳)

出典: http://www.folktinget.fi/pdf/publikationer/SwedishInF.pdf

更新日:2005/10/25 — Japanese translation ©2005 by Kazuto Matsumura