私は,長野県南部,飯伊(はんい)地域の豊丘村 (とよおかむら) で生まれ,豊丘北小学校,豊丘中学校に通い,飯伊地方の中心の飯田市 (いいだし) にある県立の飯田高校を卒業するまで,故郷で暮らしました。
天竜川は,諏訪湖を水源として,中央アルプス (木曽山脈) と南アルプス (赤石山脈) の間を流れ,中流から静岡県に入って浜名湖の東で太平洋に達していますが,伊那市・飯田市周辺の天竜川流域の谷間を伊那谷と呼んでいます。豊丘村もこの伊那谷にあります。場所は,飯田市の少し上流,天竜川の東岸です。
伊那谷の南部,飯田市を中心とする地域を 「飯田下伊那」 と呼びますが,ここの特産の干し柿のブランド名 「市田柿」 (いちだがき) の名前のもととなった市田は,天竜川を挟んで豊丘村の対岸の高森町にあります。
伊那谷の主要交通手段はJR飯田線と中央道です。
私がたまたま読んだことのある作品です。ストーリーそのものは伊那谷とは無関係に展開する作品も含まれます。推理小説,時代小説が多いのは,私の読書傾向の偏りの反映です。
井上靖『小説 伊那の白梅』(*) は短編集で,本郷の古本屋の廉価本コーナーでたまたま見つけました。内田康夫『長野殺人事件』(**) では,飯田高校を卒業したとされる人も登場します。秋月達郎 『信州長姫殺人事件』(***)は飯田が舞台ですが,地元では「南信州」の意味で「南信濃」という言い方はしないと思います。佐伯泰英『刺客』(****) では,主人公が鹿塩温泉に泊まり,高遠で絵島に目見えます。
映画「点と線」(監督・小林恒夫,1958年,東映)の終わりに,安田辰郎(山形勲)が,東京・阿佐ヶ谷の自宅に帰って,これから旅行に出ると言ったとき,時刻表を暗記していた妻(高峯秀子)が,飯田線の(急行の止まる?)駅を「辰野・伊那・赤穂・市田・飯田・天竜峡」と順番に言うシーンがあります。その妻のことばを聴きながら,妻が毒を入れたビールを安田は飲みます。
松本清張の原作(『点と線』1958)には,この場面はなく,警視庁の三原紀一警部補が,福岡県警の刑事,鳥飼重太郎に宛てた手紙のなかで,「安田辰郎と亮子は,私たちが逮捕に行く前に,鎌倉の家で死んでいましたよ」と報告しているだけです。
しかし『点と線』の原作に伊那谷がまったく出ていないわけではありません。安田夫人の書いたエッセイの中にこんな一節があります。「私はふと自分の時計を見る。午後一時三十六分である。私は時刻表を繰り,十三時三十六分の数字の付いた駅名を探す。すると越後線の関屋(新潟)という駅に122列車が到着しているのである。[...] 山陽線の藤生,信州の飯田,[...] みんな,汽車がそれぞれホームに静止している。」【注*】 この意味では,松本清張の『点と線』も伊那谷に縁のある小説と言えます。
【注*】 ビートたけし主演で2007年にドラマ化された「点と線」(テレビ朝日系)では,この一節がナレーションで読まれている。このドラマでは,安田を柳葉敏郎,安田夫人の亮子を夏川結衣が演じている。